「あ!白ローズだ!横浜にいたローズだよ!!ローズというとみんな近鉄のローズばかり思い出すけど、横浜のローズだってかなり優秀だったことを思い出して欲しいよ!!」

そうですね、横浜ローズと黒ローズごと「タフィ・ローズ」を混同してしまう方もいると思いますが、彼らには共通点があり・・・そう、どちらとも優秀な選手だったのです!

今回は横浜のローズ「ロバート・ローズ」を紹介しますが、彼の素晴らしい所は、歴代2位の「シーズン打点記録(153打点)」を達成したことですね!

ローズはこの打点力をもって、1998年の横浜の「リーグ優勝」「日本一」達成の大きな原動力になりました!

「そうだよなぁ、横浜は38年ぶりの優勝を達成するんだもんな。ローズの力はかなり大きかったし、観てる方もローズだったら打ってくれるという安心感があったよ!」

ローズに安心感が持てる理由の一つに「高打率」を維持していたことが挙げられますね。

ローズはそれほどホームランを打つ外国人選手じゃなかったので、打点を稼ぐためにとにかくヒットを打ちまくりました!

結果、ローズの活躍によって横浜の「マシンガン打線」が出来上がったと私は思っています!

では、マシンガン打線の主力武器であるローズの成績を振り返って見ましょうか!

ローズの活躍ぶりを見たら、野球ファンのあなたが「横浜ファン」に変わってしまう可能性だって十分ありますから、気を付けてくださいね!!

横浜ローズの成績はマシンガン打線の主力武器として打ちまくった!!

毎年好成績を残し、実力で横浜の主軸に立つことが出来ました!

そんなローズの成り上がりストーリーを、

  • ローズの登頂途中編、プロ1年目からプロ4年目
  • ローズの山頂到着編、プロ5年目からプロ8年目の横浜退団まで

の2つの内容でお伝えします。

まずは、ローズのプロ1年目からプロ4年目を見ていきましょう。

ローズの登頂途中編、プロ1年目からプロ4年目

ブラッグスという外国人選手の2番手扱いでした・・・

ローズのプロ1年目(1993年)は「打率.325、19本、94打点」という「打点王」を獲得する活躍を見せましたが、横浜には当時「ブラッグス」という外国人選手がおり、ローズよりブラッグスの方が評価は上だったらしいです(悲)

その後も、4番ブラッグス5番ローズといった打順が続き、ブラッグスよりローズの評価があがることがありませんでした・・・

また、プロ4年目(1996年)の成績が「打率.304、16本、86打点」という内容で、ホームランが少ないことから5年目は契約しない可能性があったと言われていました(驚)

私は、成績を見てローズの方が4番に適していたと思いますし、ブラッグスは1994年の「打率.315、35本、91打点」がピークでそこから成績は下降していきますからね。

しかもローズはどのシーズンでも「80打点以上」記録していますから、チャンスにもの凄く強いんですよね!

この当時の横浜の監督は、それを見抜くことが出来ていなかったのではないかと私は予想しています・・・

ローズの山頂到着編、プロ5年目からプロ8年目の横浜退団まで

打つべき選手には、打つべき打順があるのです!

ローズのプロ5年目(1997年)に、ブラッグスが退団したこともありローズは4番打者を任され「打率.328、18本、99打点」をマークし、4番としての仕事をしっかりと果たしました!

また、ローズはプロ6年目(1998年)には横浜の「36年ぶりのリーグ優勝と日本一」達成に大きく貢献しました!

そして、プロ7年目(1999年)に「打率.369、37本、153打点」という圧倒的な成績を残し「首位打者」「歴代2位の打点王」「最多安打」そしてプロ野球記録の「通算3回目のサイクル安打」を達成しました!

しかし、成績が上がってくるとローズの要求も高くなり、プロ8年目(2000年)の契約更改で「5億円」を要求しましたが、横浜に拒否られてしまい、故郷アメリカへ帰るのでした・・・

私は、ローズに対する「5億円」という年俸は高くないと思っていますし、適正額かなーと思っていましたが、やっぱり横浜ベイスターズなんで「5億円」というお金は絞り出せなかったのでしょう・・・(金欠ベイスターズ)

助っ人選手にありがちな「金の切れ目が縁の切れ目」がローズにも発生してしまったのでした。

珍しいですからね、ローズのようにホームランよりヒットで打点を稼ぐ助っ人選手は。

それだけ「安定した打撃」が出来る選手だと私は思っていますし、ローズからしたらプロ野球の投手の球が一番打ちやすかったのでしょう(汗)

安定した打撃が出来るローズですが、そうなると必然的に打率も高くなりますよね?

そうなんです!実は、ローズの通算打率がスゴイ事になっていたのです!

それをいち早く野球ファンのあなたが知るには、とにかく次の項へ進んだ方がいいですよ!!

横浜 ローズ 成績 現在

横浜ローズの成績は打率も凄すぎてあと一歩で歴代1位だった!!

せめてあと一ヶ月プロ野球にいたら・・・

ローズの通算打率は「.325」であり、歴代打率のランキングに入る為には「4000打数以上」必要となります。

ローズの通算打数は「3929打数」となっており、残り「71打数」打てばランクインすることができ、仮に全て無安打だとしても「.319」なので、現在の歴代1位「レロン・リー(打率.320)」に近づくことができます!

また、71打数中に「6本以上」ヒットを打てば「打率.32025」となりローズは歴代1位の記録を達成することになります!!

71打数は、約一ヶ月スタメンで試合に出続ければ達成出来る数値だったので、ローズは非常に惜しい所でプロ野球から去ってしまったんですよね・・・

ローズはプロ2年目(1994年)の「打率.298」以外は全て打率.300以上なので、いかにローズの通算打率が凄まじいものかわかっていただけだしょうか?

この打率を維持していたローズにとある逸話があるのですが、これは巨人のミーティングで・・・

「長打はともかく単打を打たれる分には、投手能力をマイナスに査定しない。」

とローズに対しては「特殊ルール」があったみたいです!

恐ろしいですね・・・要は「どこに投げても打たれる」ということを言っているのと同じですからねぇ。

現役時代は他チームから恐怖の対象であったローズですが、現在も同じようにどのボールでもヒットが打てる状態なのでしょうか!?

・・・流石に、現役からは退いていると思いますので、野球に携わっているかどうかを一緒に見ていきましょう!

横浜ローズの現在も球を打ちまくっているのか!?

現在はテキサス・レンジャース1A(2軍)のコーチをしているみたいです。

ローズがアメリカで野球のコーチとして活躍していたなんて意外でしたね(笑)

私はてっきり「家族の為にのんびりと過ごす」と言って、細々と農場を経営していたかと思いました(汗)

その理由は「横浜でヒット打ち過ぎて野球が嫌いになってしまった」というローズの深層心理を読んだ結果だったのですが、見事に外れてしまいました(残念)

ローズはプロ野球から離れた後、息子が通う学校の野球部のコーチをやっており、その後は何故かパイロットを目指して、着陸したところが現在の1Aでのコーチということになりますね。

ローズに指導力があるかどうかは現役時代の様子からは感じることは出来ませんでしたが、プロ野球でのヒットを量産する様は「天才的」だったので、ローズには指導力以上に「カリスマ」があるのでしょう・・・(汗)

アメリカから見たプロ野球の評価はどんなものかよくわかっていませんが、それでもローズの活躍は少なくとも「松井、イチロー以外の日本人打者」より優れていましたよね。

そういうことで、1Aの選手たちもローズに対する尊敬の眼差しは少なからずあると私は思っています!

しかし尊敬と言えば、ローズはプロ野球に対して尊敬の眼差しはあったのでしょうか?

何故、こんなこと書き方をしたかと言いますと、ローズは横浜退団後に一度プロ野球に戻ってきたのですが、すぐに帰国してしまったからです。

要は、プロ野球の球団に入ってすぐに居なくなるのは「どういうことだ!?」ということをローズに問いたいと私は思いますので、とりあえず次の項へ行きましょうか。

横浜 ローズ 成績 現在

横浜ローズはロッテに入団するつもりだった!?

これではただのトラブルメーカーです・・・

ローズは横浜退団後の2年後(2002年)にロッテと契約しますが、春季キャンプ中の紅白戦では思うような結果が出ずに、入団後28日にキャンプ中にも関わらず・・・

「野球に対する情熱がなくなった」

「家族が環境に馴染めなていない」

と言葉を残し、再びアメリカへ帰国してしまうのでした・・・

ローズはキャンプ中にダラダラ練習していた訳ではなく、キャンプ初日から率先して練習を行い、コーチ、チームメイトからは尊敬の眼差しで見られていたそうです。

つまりローズは、キャンプ中に本当に「やる気」が無くなってしまった、ということで間違いないですね。

・・・これは喝ですね、喝!!!

私は見ましたよ、当時のスポーツニュースを!

あのBクラス常連組のロッテに「あのローズ」が入団するなんて、ロッテが優勝してしまう!!!

と、勝手にテンションが上がっていたもんですよ!!

しかし、開幕前に「ローズ帰国!!」なんてニュースを目にしてしまったら、

「ローズふざけんなよっっ!!!」

と温厚な私だって激怒してしまいますよ!!

こんなことするんだったら、最初からパイロットでも目指していればよかったんです!!!

・・・と、熱くなってしまいましたが、実はローズのこの行動はロッテ時代に限らず、横浜時代から見え隠れしていたのは知っていましたか?

「なんかやらかしそうだなー」と思われるローズの発言もあるので、一緒に見ていきましょうか。

横浜ローズの奇妙な発言から彼の人生を追跡!!

独自の世界観について来れるでしょうか?

ローズは横浜入団前は、メジャーの「カリフォルニア・エンゼルス」に所属しており、1992年5月21日にローズ含むチームメイトが乗っていたバスが「交通事故」を起こしてしまいました!

それによりローズは足首をねんざしてしまい「マイナーリーグ行き(3A)」を命じられるのです!

その命令に憤怒したローズは同年に横浜と契約をし、1993年からプロ野球人生がスタートしました。

上記の一連の出来事をローズは、

「ずっと眠っていて、起きたら日本にいたという感じだった。」

という風に表現していました・・・

と、面白い表現をするローズですが、他にも似たような発言があり、

ローズが打席に入った時の集中方法を聞かれた時

「晩御飯や子供のテレビ番組のことを考えるようにしている。」

飛行機について

「飛行機は自分がコントロール出来ないから嫌いだ。」

ローズが横浜を退団する時

「クソッタレ扱いされて終わりさ。」

と、ローズは色々と名(迷)言を残していますね(苦笑)

これらの発言を見ると、ローズは「天才ならではの独自の世界観」を持っていて、私たち凡人には考えられない発想があるが故に、急にロッテを辞めたり、パイロットを目指したりしたと私は思いました。

現在の環境では、ローズの天才っぷりが認められていることを私は祈っています(祈願)

横浜 ローズ 成績 現在

横浜ローズの成績と現在を見る!マシンガン並の打点は横浜最強助っ人の証!のまとめ

最後まで読んで頂きありがとうございます。

横浜ローズの打点と打率は天下一品である反面、性格も独自性が強く、トラブルの元にもなっていましたね(笑)

それでもローズは、横浜を「リーグ優勝」「日本一」に導いた偉大なる選手ですから、せめて性格的な所を責めることはやめましょうか(寛容)

金には寛容でなかった横浜も、ローズの活躍には頭を下げるしかないと思っていますので、ローズがつけていた背番号「23」を永久欠番にしてもいいんじゃないですかね(笑)

永久欠番が実現することを祈って、私はロバート・ローズ氏の活躍をこれからも応援していきます!!